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コンピュータ援用設計と概念設計

与えられた要求から具体的な人工物を実現するまでの設計過程には, 構造物の設計を例に挙げると一般に次のような時間的段階がみられる[Sriram 1986].
1.
概念設計(Conceptual Design)/予備設計(Preliminary Design): 設計要求といくつかの鍵となる制約とを満たす構造系を, 全体として整合のとれるように要素を組合わせて求めるシンセシスと, 望ましい構造系の選択.
2.
解析(Analysis): 選択された構造系のモデル化と, 荷重などに対する応答を求める過程.
3.
詳細設計(Detailed Design): 制約の全てを満たす構造要素の選択と 幾何形状の決定.
4.
生産設計(Product Design): 生産のための工程決定.
これらは,必ずしも明確な逐次的過程ではなく,通常反復的な試行錯誤を 伴うが,一般に上流側ほど定性的・非定型的,下流側にいくに従って 定量的・定型的な側面が強くなる.

このような段階のそれぞれにおいて,コンピュータ支援の考え方が推進されている. 図1.1は,赤木と藤田(1990)による設計のコンピュータ化の 概観図である. 図中の「検索」, 「計算(シミュレーション)」, 「形状処理」, 「最適化」といった範囲は, 数理的な定式化が比較的容易で, 一般にコンピュータ化しやすい部分である. たとえば,シミュレーションとしては, 有限要素法に代表される離散的な数値解析法は理論的に 確立されており[e.g. 鷲津ら 1981; Zienkiewicz and Morgan 1982], 機械要素設計における構造解析手法として広く定着している. 最適化は, 重量最小化などの明確な目標を目的関数として定式化し 機械要素の形状を決定する形状最適化など, 最急勾配法,線形計画法等の数理的手法の 応用として定着しつつある[Haftka 1985; Kirsch 1993; 多田 1994a, 1994b; 山川 1994]. 目的関数がスカラー関数とならない多目的最適化については, パレート最適性の利用[Petrie et al. 1995; 荒川ら 1998]などがみられる. 非線形性が強い問題や,多峰性等の悪条件により数理的手法の利用が容易でない 最適化については, シミュレーティッド・アニーリング法の 利用[Kirkpatrik and Gelat Jr. 1983; Kincaid 1992]や, ニューラルネットワークの利用[松田ら 1998], 遺伝的アルゴリズムの利用[Goldberg 1989; Hajela and Lin 1992; 西川, 玉置 1993] などのヒューリスティックな手法がみられる. 設計対象物形状の表現・操作の問題を取扱う形状処理は, 1960年代に提案されたコンピュータ援用設計(Computer Aided Design)の 枠組[Elliot 1989]の 中心的な研究分野であり1.1, 製図を行うための コンピュータソフトウェアがCADアプリケーションと呼ばれ広く普及している. また,生産段階においては工程決定等に対するコンピュータの利用が 幅広く行われておりCAM (Computer Aided Manufacturing)と呼ばれる 一分野をなしている[岩田ら 1987]. 設計対象物の任意形状のコンピュータデータとしての表現は, 設計から生産への加工情報の伝達手段としても幅広く浸透し, 特に,設計と生産との連携においては, コンカレント・エンジニアリングの枠組など, 情報の伝達・共有のためのツールとしてのコンピュータは 必要不可欠なものとなっている[荒井ら 1998]. これらのツールは, 解析,詳細設計,生産設計の段階で主に用いられており, 人間の設計者に本来の創造行為に専念させるという意味で, コンピュータの有用な利用法である.

  
図: 設計におけるコンピュータ化[赤木,藤田 1990]
\begin{figure}\parbox{0.98\hsize}{\centering
\psbox{figs/fig11.eps}}
\end{figure}

設計問題の数理的定式化の困難さに対しては, 人間の持つ知識をif/then形式のルールとして表現し, ルールベース推論によって人間の知的活動をモデル化する 知識工学の利用が1970年代より行われてきた [Duffy 1987; Mark and Simpson 1991; Gero 1996]. しかしながら,知識ベースシステム構築の際に行われる インタビューと呼ばれる設計者からの聞取り作業のみでは, 設計知識の獲得が不十分であり, 知識獲得のボトルネックとなる[Reich and Fenves 1989; 溝口 1991]. なぜならば,設計知識に多く含まれるヒューリスティクス(発見的知識)や経験則は, 明確な形式で表せないあいまいなものや, 設計者に無意識的に取扱われるものも多く, ルールとしての表現が困難となるからである. また,たとえ設計知識が得られたとしても,その多くは断片的で, 整合性の検証が必要となる. これらに対しては,インタビュー行為に関する考察 [尾形 1992] や, インタビュアーの知識獲得を支援するシステム[Kawaguchi et al. 1991] などがみられる. 設計知識のあいまいさの取扱いについては, ファジー理論の応用[Joshi et al. 1991; 大木ら 1992]や, 定性推論の応用[Soo and Wang 1992] がみられる.

設計問題に対する知識工学の応用には, 構造解析に知識ベースシステムを統合した SACON [Bennett and Engelmore 1979]や, 記号処理環境における構造解析[Adeli and Paek 1986; 三木ら 1991], 最適化パッケージの選択に知識ベースシステムを用いる SELECT [Hartmann and Lehner 1992]や, 知識ベースシステムへの最適化手法の導入[Adeli and Balasubramanyam 1988], 構造形式の選定を行う知識ベースシステム [Leelawat et al. 1990; Nishido et al. 1990; Sabouni and Al-Mourad 1997] などがみられる. また,有限要素解析の前処理に対する知識ベース推論の利用 [Salgado et al. 1997]や, 設計変数間の関係をルールとして記述することで 設計対象物をモデル化する 制約指向プログラミング[Stefik 1981]の利用 [赤木, 藤田 1988; Lakmazaheri and Rasdorf 1989] などがみられる. これらは, シンセシスは対象とせずに 構造解析や最適化などの計算ツールの効率的な利用および コンピュータが持つ検索能力の利用を目指すものであり, 概念設計そのものを対象とするものではない.

設計の初期段階である概念設計では, 設計主題(モチーフ)や美観等に代表される設計者の 意識的感覚的側面も重要な役割を果たしている. しかしながらこれらは, コンピュータによる設計支援システムの研究では, これまでの多くの場合,取扱われていない[Reich 1993]. たとえば,美観のような側面について考えれば, 美しさが対象物そのものが持つ普遍的な性質なのか, 観察者の主観に基づくものなのかが明らかではなく, 美的規準の取扱いが困難となることがその理由として挙げられる. 美しさを対象物の普遍的性質であるとする 前者の観点は秩序,黄金比率などの概念を示しており古典的に支持されてきた. しかしながら,実際に人が対象物から受ける印象のいくつかは 個々の要素の印象として説明することができず, 逆に要素ごとの属性を集約したところで対象物全体の属性を持たない. このため,対象物の形状の統一性やバランスに注目する考え方が最近では主と なっている. すなわち,美的規準の普遍的・客観的な法則化は不可能であり, 観察者の主観的な全体的評価のみが可能と考えられる[高梨 1997]. このような美的規準は, 基本的に個別の設計者の価値観として陽には見えない形で 保持されている. したがって, 明確な設計知識としてルールを記述することは不十分となり, ルールベース推論のような論理による概念設計の取扱いには困難さが多い.

一方,コンピュータ援用設計の分野と並行して, 設計という行為自体を客観的に記述し, 科学として体系的に扱おうという試みが, 設計論として行われてきている [Dixon 1987; Finger and Dixon 1989; Cross 1993; Goel 1994; Levitt 1998; 中沢ら 1999]. たとえば,システム工学的視点から, 全体は部分から構成されるが全体の挙動は部分の挙動からは 推しはかれない事があるので, 全体的立場から対象を眺める必要性を説き, 直感と経験に支配されてきた設計を, より合理的なものとして再構成しようとする立場[瀬口ら 1987]や, 実用可能なツールをできる限り論理的に算出し,その現実作業の有効性を もって仮説としての法則の有用性を検証することで 体系化をはかる一般設計学[吉川 1979; Takeda et al. 1990]がみられる. 設計論的考察からは, 設計者は必ずしも最適な設計を実現できているわけではないこと, すなわち設計過程は最適化ではなく反復的な「満足化」の 過程であること[Dixon and Simmons 1983; Boyle 1989]や, 単独の設計者の意思決定のみで行われているのではなく 同僚や顧客など複数の意思決定者が関わる過程であり, 自然科学だけではなく社会科学的な側面を含むこと [Subrahmanian et al. 1994; 仲ら 1997] などが指摘されている.

概念設計に対するコンピュータ利用の試みの多くは, 人間の創造的問題解決モデルの同定によって発想法の体系化を試みる 設計論的アプローチ[折原 1993]である. たとえば,数量化手法や多変量解析などの既存の手法の組合せにより 概念設計における設計者の感覚的側面を体系化する試み[長町 1988; 森 1991] がみられる. また,知識工学的手法の援用により,機械設計における設計者の思考過程を 明らかにしようとする試み [Ulrich and Seering 1989; Cagan and Agogino 1991; Spangler 1991; 岸 1992; 野口 1994] や, 複数の意思決定者がかかわる過程として設計をモデル化する試み [Morse and Hendrickson 1990; Nagy et al. 1992; Bahler et al. 1995; Prasad et al. 1996] などがみられる. 人間が行っているシンセシスの概念モデルには, 認知心理学的な設計モデル[Adelson 1989; Kolodner and Wills 1996; Visser 1996], 人間が設計解を得る過程にみられる非論理的思考を アブダクション[Davis 1990]により説明する試み[山中 1994a; 柳生 1995]や, 生物の進化過程や行動に観察される創発現象との対比による設計過程の解釈 [小林 1993; 池上 1993; Perkins 1994; Soufi and Edmonds 1996; Poon and Maher 1997] など多様な視点からのアプローチがみられる. このような設計論的立場からみた概念設計への興味は, 人間の行っている知的活動に対するコンピュータ利用の可能性を 探るものとして不可欠となっている.


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平成12年3月1日